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1冊目 内田百著「東京日記 他六篇」(岩波文庫、1992年)
読んだ本:内田百著「東京日記 他六篇」(岩波文庫、1992年)


「居ない」ということ


 感想文を書くと決めたものの、実のところ感想文とは何なんだろうと悩んだ。思い出せば、「本を読んで、自分が感じたこと、思ったことを自由に書きなさい」と小学校の先生が言っていた気がする。さらに「あらすじを書き写したものは感想文ではありません」とも言っていたような気がする。なのでここは先生を信じて、あらすじなどはばっさり省いて、この本を読んで感じたこと、考えたことを書くことにする。当時、リンカーンの伝記のあらすじを7ページくらい長々と書いて、最後に「ぼくもリンカーンはすごいと思いました」というオチをつけた思い出がふと蘇った。今ならどう書くのだろう。


 この本は内田百の随筆や不思議な短編を集めたもの。中には、自分がはじめて読んだ内田百の随筆「長春香」が入っている。胸に染みるような、静かで悲しい雰囲気が漂う随筆である。初めて読んだのは、たしか筑摩書房の日本文学全集のような本に載っていたものだったと思う。他にも百の随筆は載っていたけれど、特にこの一編を読んでしまってから、自分は内田百の書く文章の凄みの虜になったような気がする。内容は、関東大震災で生徒(百はドイツ語の先生だった)を亡くした話。


 知っている人が亡くなる、というのは、とても不思議なことだ。亡くなってしまえば、もちろんもう二度と会うことはできない。そんなことは簡単な理屈で、理解することはできる。でも実感として、「二度と会えない」と本当に感じるのは難しい。まるでどこか遠くに旅行したようで、近くにいないだけでどこかにちゃんと居るように思える。つまり、その人がこの地球上に居ないということがうまく飲み込めないのである。これはきっと、自分だけでなく、誰にでもそうではないかと思う。では、何故実感として、私たちは人の死を受け入れることが難しいのか。それは私たちが「思い出す」ことができるからだ、と思う。どういう顔をして、どういう声をして、どういう話をしたか。そういったことが、記憶という曖昧なフィルターにかけられて曖昧になっていたとしても思い出すことができる。この「長春香」の中にも、その生徒との思い出が書き綴られている。きっと百も、その死を実感として受け入れることができなかったのだろう。思い出せば、たくさんのその人との交流が浮かんでくる。浮かんでくるのに、その人はもう居ない。これは考えてみれば不思議なことだ。百はそういった片付かない気持ちのケリをつけようと、大震災の後の焼け野原を歩いて、生徒の家の焼け跡まで出向く。そこには傷もつかずに突っ立っている一輪挿があるのみで、結局その生徒の屍を見つけることはできなかった。


 その人が本当に「居ない」ということは、私たちの記憶の中から、その人が消えてしまったときである、という考え方がある。それはある意味、救いのある考え方のように思われる。近しい人を亡くした喪失感を癒してくれる考え方だと思うからだ。百は、月日がたった後、その生徒のことを思い出すと、地震があったときの話をしたことがあるというような、とんでもない勘違いをしてしまうと書いている。もちろん、死んだ人間と話すことはできない。それは堪らなく悲しいことである。だから、私たちはその人を思い出して、記憶をその人の存在ごと曖昧にすることで、いつまでもいつまでも「二度と会えない」という実感を避けるのではないだろうか。きっといつかまた会えることを期待して。
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【2007/02/17 04:27 】 | 十年千冊録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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