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大学稀譚
 ああ全世界は人と人と人でいっぱいなのだ。人の愛情が、唯一のものであるという事を、私は生活にかまけて忘れておりました。鞄を肩に掛けたまま、小道や、用水や古いお屋敷の横を通って、だらだらと丘を降りると、お祭りのような大学の音がしていた。私は海にいるような錯覚をおこして、子供のように丘をかけ降りて行った。しかしそこは人のさんざめく音がしているきりで、がらんとした原っぱだった。なぜか打ち捨てられている赤錆びた「京都駅行き」と書かれた停留場に、しばらく私はバスに乗る人か何かのように立ってはいたけれど、お腹がすいて目が舞いそうだった。


 何もないあたりにただ人の声だけがどこからか聞こえてくるのが寂しくて、私はまた鬼ごっこをしている子供のように駆けていく。途中、オムライスとかいてある黒板をみつけると、耳朶を熱くしながら財布の中身を確かめつつはいった。親切そうな奥さんがカウンタアにいて、私が席に着くなり、まるで旅心をいたわるようにメニウと水の入ったコップをしずしずと持ってきてくれた。壁の茶色が変に淋しかったが、朝から背負っていたを鞄を机に置くと、奥さんは注文を聞いてくる。店の奥の方で女達はまるで蓮の花のように小さい机を囲んで、珍しい言葉でしゃべっている。


 一尺ほど四角な天窓を眺めて、初めて紫色に澄んだ空を認めた。御飯をべながら、私は遠い田舎の秋をどんなにか恋しく思った。秋はいいな。一人の女がまた店に入ってきた。マシマロのように白っぽい綺麗な女なり。


 私は彼女を心の中で「マシマロの君」と名づけた。マシマロの君は私のすぐ隣の席に座って、オムライスの小さなものを頼んだ。手持ち無沙汰な私は鞄に入れてあった本を読む。


『此処でジユヴナイルとは、信じてゐた日常との離別による少年少女の「成長」の物語を意味し、ファンタジィとは、「理不尽なまでの不思議だが、ふと魔が差して、其れを受け入れてしまう」物語を意味する。』


 此処まで読んで私は不意に涙が出そうになった。昔、下宿先で悶々と一人でいて、例え学校に出たとしても一人で席に座っていたような、そんな頃のことだった。たった一人の友人が言ったことを思い出したから。


 私が人と付き合うのが億劫で仕方ない。億劫で億劫でこの先そんなことは御免蒙る、そんならば僕はずっとこれからも一人で居る、僕はもう君とも会わない、と言ったときだった。彼は暫く黙ったあとこう言った。


うん、君が言うなら、僕は君が望むまで会わないでいるよ。でもね、君が人が嫌いという其れは「知らない」だけだと思うよ。人と仲良くすることの良さやそうする為の方法を。とりあえず何かしてい給えよ。家に一人出居るときも、学校で一人で席に座っているときは本でも読んで居給え。君はベルレエヌが好きと言っていたじゃないか。いつか君が、昔は引き篭もってたけど今はもう友達いっぱいで、ああ、あの頃益体もないことばかり言っておせっかいばっかり焼いていた奴と会う気になったら、いつでも言ってくれ給え。


 あのとき、私は彼の気持ちも判ろうとせず、ただ怒って、彼を部屋から追い出した。でも今思うと、涙が出そうになる。そんな彼はもうこの世に居ない。会おうという気になっても、もう会えない。そう思うと私は放浪のカチユウシャのようだ。長いこと仏頂面した顔は瀬戸物のように固くなって、感傷に酔った私は誰もおそろしいものがない。
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【2006/03/23 03:10 】 | 平四郎的日常録 | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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読後のなんともいえない感じが好きでありますよ。マシマロの君とかいいねえ。

それにしてもこの文体、どこかで見た記憶があるのですが。
by:檜山 | URL | #pKfLfqHU【2006/03/23 13:04】 [ 編集] | page top↑
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