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このノートは、友人の精神科医が貸してくれたものだ。ある日忽然と病室から消えてしまった患者のものなのだそうだ。


* * *


 薬を飲み忘れただけで何もできなくなってしまうけど まだわたしはぜんぶを見失ったわけではない


* * *


 薬を噛み砕いて嚥下するだけで涙が流れてくる身体なので、布団にいつまでもいつまでもくるまって歌を歌ってみるが何の音も出せず体が冷たくなってしまうだけなのだけれど、廃墟の病院の手術室で目をつぶって誰かを待っていてその誰かが頭をなでてくれるのだけをずっと待っている


* * *


 姉が死ぬときの8日前にやってきた白い男が、折角持ってきた大きいスイカを皮ごとコンセントに詰まらせたのを見た叔母がゆっくりと服を脱いで蝉の羽根をむしり取りながら犬の尻尾を目に挿れているのが痛くないのと聞いた父が球のようなものを洗面器に吐き出した次の日の出来事をいつまで覚えているのか赤いアリが何度も夢にでてきて墓につれていかれて消防士に間違われる


* * *


  看護師さんに「笑ってください」と諭したら、 「ご飯ですよ」と怒られた。


* * *


 もっと罪を許す強さも持ちたい。


* * *


 嫌な夢を見た。
 知らない女が目の前に立っていた。瞼に触れると女の髪が、ぼたぼた落ちた。すると女は風船になって空に飛んでいった。


* * *


 外出許可の日で、気分が良い日は、見るもの全ては明るい予兆に満たされているような気がした。小学生がセミを採る。タオルで首の汗を拭う工事現場の青年、信号待ちで手をつないでいる親子。なにげないこの景色に、幸せを感じる。


* * * 


 二年前に死んだ姉と、庭に花壇をつくりリンゴの種を植えたことがあった。
 ある日、姉が買い物からいつまで経っても戻らなかった。すぐそばのスーパーに行くといって、昼出たのに、夕方になって、やっと姉は帰ってきた。どうしてそんなに遅くなったのだと聞くと、姉は「うん、これ」といって、齧りかけのりんごをわたしに見せた。それがどうしたのだと聞くと、姉がスーパーから帰る途中、おばあさんが重そうな買い物袋を両手に持って歩いていた。汗をかきながらゆっくりと歩くおばあさんをほっておくことが出来ず姉は思い切って声をかけた。なかば引き摺るようにしておばあさんの家まで持って行く。おばあさんは何度も何度もありがとうと言い、何かお礼をと言ったが、姉は頑なに断った。姉には、そういうところがある。何度かの押し問答のあと、おばあさんは買い物袋の中からりんごを取り出し姉に渡した。

 姉が綺麗にかじり取られたりんごの芯を見ながら言った。

「ねえ、このりんごの種、庭に埋めたらりんごの木、咲くかしら」

 二人して夕日の差す庭に出た。わたしは物置からスコップを取り出してきてさくさくと土を掘る。姉は大切そうに、りんごの芯を穴に横たえたゆっくりと土をかぶせる。わたしたちはその埋めたあとをじっと眺めていた。不意に姉が言った。

「もし咲いたら、うれしいね」

 姉は楽しそうに笑っていた。わたしは少し悪戯な気持ちになって

「咲くかな?」

 というと、姉は少し頬を膨らませた。

「わたし、毎日水をあげるわ」


 姉は毎日でも見にいったが、花はそう早くは実をつけないものだ。わたしは、そう急かしたら、咲くものだって咲かないと言って笑った。そうして咲かないうちに、姉は逝ってしまった。いまも未だ咲かない。もしかして咲かないのかも知れない。それでも種のことを、姉とともに種を植えた日のことをわたしはいつまでも忘れない。


* * *


 姉は不思議な人だった。姉はときどきだが2、3日帰らないことがある。わたしはそれをいつも宛名のない手紙で知った。いつも手紙の表にはうちの住所しか書かれていなかった。しかし筆跡でだれが送ったのかはいつも判った。
 
 手紙をひっくり返すと裏に「道端」とだけ、書いてあった。おそらくどこかをふらふら歩いてる途中、急に思い立ってわたしに手紙を書いたのだろう。そして、帰ってきたらすこしはにかみながらわたしの顔を見て、
 「手紙、届いた?」
 と聞く積もりなのだろう。

 ある日、手紙だけでなくなにかごつごつとしたものも入っていた。開けてみると、中には見事なまでに角の取れた丸く平べったい綺麗な石が入っていた。わたしはそれを掌にのせたまま姉からの手紙を読む。
 
 
  川原ですてきな石を見つけました
  へいくんにさしあげます
  いつもありがとう
 
              姉より
 
 
 わたしが、その綺麗な石を電灯に透かすと、石は綺麗に光を吸い込んで、様々な色を投げかける。その胸を悲しく甘く満たすような透明な光をわたしは随分長い間眺めていたことを思い出す。
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【2006/02/07 00:23 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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