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大人になるために その3
 自分が生きていくうえで、影響を受けたというような書物があることは幸せなことです。私は、そういったものが三冊ある。ルソーの「社会契約論」とカントの「人倫の形而上学の基礎づけ」とヘーゲルの「精神の現象学」がそれ。


 ルソーの「社会契約論」については、共同体とルールの思想について教わった。それは自由・平等・あわれみ(博愛)。誰かの作ったルールを守るのが正しい生き方ではない(ルソーの時代では、キリスト教という絶対的な権威と、その権威を授けられた王権)。自分に関わる一切を自分で決めることこそ正しい生き方、という示唆。


 カントの「人倫の形而上学の基礎づけ」。これは、カントの厳しい道徳観に乾杯。カントの「君の行為の格率は、だれもが採用しうるような普遍性を持つものか、問うてみよ。そうであるときのみ、それを行え」っていう言葉はつまり、自分の行為の正当性を判断した上で信念を持って行為せよ、ということ。でもこれは、正しいかもしれないけど、幸福であることとは直結しない。


 ヘーゲルの「精神の現象学」。ルソーの「自由」とカントの「道徳性」に対する懐疑。自由は自己中心的な欲望の追求に過ぎないのではないか?共同体に対する不信こそが自由を求めるのでは?では、共同体を批判する絶対的基準は自由のみに求められるのか?また、カントの道徳(自律)に対しては、それが人間のモラルの根拠なのかどうなのか、ということ。「自律しているから正しい」という自己正当化に過ぎないのではないか?もしそうなら、自律と他律は、自己を正当化するだけで、本質的に変わりないのではないか?
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【2007/04/02 13:24 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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