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20070404 水
 晴れ。風強し。昨日はとても肌寒かった。何故か右京区をぐるぐる歩き回っていた。足が痛い。


 気の会わない人たちと酒を飲む。あんまりむかついたので途中で帰る。プライド高いなあ自分…と反省。


 今日は大学院の入学オリエンテーション。なんか非常にわくわくしてきた。研究するぞー バイトもやめれるし。ちょっとこの一年は、自分を高める時間を多く持とう。引き出しの多い人間になることが目標。
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【2007/04/04 17:47 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ピアノ日記
わーい 依然ミスは絶えないものの、指が少しづつ動くようになってきた。


http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a114.mp3

http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a115.mp3

http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a116.mp3


三曲目もなんかミスが少なくなってきたので、次の曲に取り掛かろうかしらん。これを予定。


メヌエット イ短調 BWV Anh.120
http://blog68.fc2.com/j/jsbach/file/bwvA120.mid


あと10曲くらいはバッハの短くてカンタンな曲を覚えて、楽譜見たら鍵盤弾けるように。そんで次はバッハの2声のインヴェンション(15曲)。
【2007/04/03 15:59 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
20070403 火
 晴れ。朝方は肌寒かった。


 ゆうたいりだつ練習三日目。やっぱ惨敗。っていうか前兆が起きる前に寝てしまいます。集中力が足りない。


【入眠時間~出眠時間】 00:30~8:30
【2度寝のために起きた時間】 2:50 4:30
【方法】 自分の身体をイメージで再現して、そこに意識を集中させる。
【オベパのヘルツ】 5.5
【自分のコンディション】 普通
【姿勢】 仰向け 手のひらは開く
【金縛りの有無】 なし
【振動の有無】 なし
【浮遊感の有無】 なし
【幻覚の有無】 なし
【夢をみたか】 見た。母親に命令されて兄弟みんなで掃除する夢。外国人の家でご飯食べる夢(ゴキブリ料理、ぎゃー!)。
【明晰夢をみたか】 なし
【離脱をしたか】 なし
【天気】 晴れ
【その他気になる点】 継続は力なりで、あまりあせらないでいきましょー
【2007/04/03 08:29 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
大人になるために その3
 自分が生きていくうえで、影響を受けたというような書物があることは幸せなことです。私は、そういったものが三冊ある。ルソーの「社会契約論」とカントの「人倫の形而上学の基礎づけ」とヘーゲルの「精神の現象学」がそれ。


 ルソーの「社会契約論」については、共同体とルールの思想について教わった。それは自由・平等・あわれみ(博愛)。誰かの作ったルールを守るのが正しい生き方ではない(ルソーの時代では、キリスト教という絶対的な権威と、その権威を授けられた王権)。自分に関わる一切を自分で決めることこそ正しい生き方、という示唆。


 カントの「人倫の形而上学の基礎づけ」。これは、カントの厳しい道徳観に乾杯。カントの「君の行為の格率は、だれもが採用しうるような普遍性を持つものか、問うてみよ。そうであるときのみ、それを行え」っていう言葉はつまり、自分の行為の正当性を判断した上で信念を持って行為せよ、ということ。でもこれは、正しいかもしれないけど、幸福であることとは直結しない。


 ヘーゲルの「精神の現象学」。ルソーの「自由」とカントの「道徳性」に対する懐疑。自由は自己中心的な欲望の追求に過ぎないのではないか?共同体に対する不信こそが自由を求めるのでは?では、共同体を批判する絶対的基準は自由のみに求められるのか?また、カントの道徳(自律)に対しては、それが人間のモラルの根拠なのかどうなのか、ということ。「自律しているから正しい」という自己正当化に過ぎないのではないか?もしそうなら、自律と他律は、自己を正当化するだけで、本質的に変わりないのではないか?
【2007/04/02 13:24 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
大人になるために その2
 そんなわたしの独り言 その2


* * *


備考、読んだ本:よのなかのルール(宮台真司)、新しい社会学の歩み(新 睦人)、精神の現象学(ヘーゲル)、社会契約論(ルソー)、人倫の形而上学の基礎づけ(カント)


 社会学的に、今、社会のルールが変わりつつあるそうで。今までのポスト・モダニズム的な思想が衰退してきているのだそうな。


 では、今までのポスト・モダニズム的な思想はなんだったかというと、これは絶対の真理や道徳などの存在を否定したもの。そういったものは絶対的でなく、単なる自称であり、人間を一定の枠にはめてしまう。共同体も同じく、社会に適応的な人間を作り出すという意味で、否定されるべきものである。であるから、真理・道徳・共同体に取り込まれず、そこから逃走し自由で快楽的な生き方を作るべきなのだ!ということなのだそう。

 しかし、これは人間は必ずしも限りない欲望を抱くわけではない、と批判できる。つまり、抑圧から逃げるだけでは、本当に「自由で快楽的な生き方」を作れるわけではない。例えば、学校の制服という抑圧があったとして、その抑圧からあなたは自由になることができました。でも、学校に何を着ていけばいいんだろう?っていう、自由になったが故の新しい問題を抱え込むことになる。別に学校の制服じゃなくても、「どういう生き方をすればよいか?」「生きていくことに意味はあるのか?」「どうして人を殺してはいけないのか?自殺してはいけないのか?」っていうように、ルールがなくなったがゆえに、今まではあまり出てこなかったような「実存的」な問題がでてくることになった。それが今の社会。


 つまり、ルールがなくなり、ルールに寄りかかることができないがゆえに、宙ぶらりんなわたしたちになってしまったわけである。「これが正しい!」というルールがないのだから、なにが正しいのか判らなくなってきてる、って言い換えが可能。


 また、ポスト・モダニズムは、そういった個人的、実存的な悩みだけでなく、社会的な問題に対しても答えを出すことはできない。何故なら、社会問題の解決=より望ましいルールを考えること。人間の欲望を抑圧するのがルールであり、ポスト・モダニズムはこれを否定する。だから、望ましいルールを考えることができない、っていう不自由を逆に抱えてしまう。


 では、どうすれば?よのなかのルールの本質について、もう一度考えてみる必要がある。社会に属することは、社会のルールを全面的に肯定することなのか?社会に対して献身を誓うものなのか?批判し、より良いものに変えていくことはできないのか?その方法を学び、考えなければいけない。というのが、今のよのなかを生きていくには必要ではないのか。
【2007/04/02 13:10 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
20070402 月
 晴れ。よい天気。ああ、今日こそスクーターでどこかに行こう。もうすぐヒマなときがなくなりそうだし。


 ゆうたいりだつ練習二日目。結果は惨敗。失敗パターンを記録しておこう。


【入眠時間~出眠時間】 00:30~6:30
【2度寝のために起きた時間】 2:50 4:30
【方法】 自分の身体をイメージで再現して、そこに意識を集中させる。
【オベパのヘルツ】 5.5
【自分のコンディション】 ジョギング後で若干疲れていた
【姿勢】 仰向け 手のひらは開く
【金縛りの有無】 なし
【振動の有無】 なし
【浮遊感の有無】 なし
【幻覚の有無】 カエルみたいな男の映像が一瞬流れた
【夢をみたか】 見たような気がする。断片的にしか覚えてないけど、誰かと会話をしていた。
【明晰夢をみたか】 なし
【離脱をしたか】 なし
【天気】 晴れ
【その他気になる点】 寝入りばな、夢を見ているな、と意識することができた気がする。あと寝る前に空腹だったが、水飲んでごまかした。なんとなく空腹の方が離脱しやすいような気がするので、これから寝る直前に食べないようにしよう。


 こんな感じ。なんか夜に寝るのが楽しみになってきた。寝つきがよいように頭と身体を疲れさせようと、日々をあくてぃびてぃーに過ごせるようになった気もする。名倉をいつ経験できるかは判らないが、こういう生活はなかなか楽しいものだ。
【2007/04/02 12:53 】 | 平四郎的日常録 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
20070401 日
 さよなら三月。またきて四月。バイト。終わってから、外に出ると今日はいい天気。日が差して来て暖かい。向かいのメガネスーパーの前の桜の木が咲いていた。スクーターでどっか行こうかな。


 帰ってきてからちょっとインターネットをする。そしたら、明晰夢を見よう云々のサイトを発見。「名倉」というみたいだ。


http://www13.atwiki.jp/ridatu/


 わけがわからない。あと幽体離脱云々はまったく信用ならないが、恐らく明晰夢のことなのだろう(でも別の世界、という考え方は非常に興味深いものがある)。やり方がのっていたので、眠る前にやってみる。仰向けに寝て、手のひらを開く。オベパルスを聞く。身体が浮き上がるイメージをする。しばらくやっていると、いきなり髪を長く伸ばして顔が見えない(女だったと思う)の映像がちらりと映って、身体がしびれはじめた。これが入眠時にでる幻覚なのだろうか、と思ってどきどきしながら、身体から抜け出す妄想を繰り返す。


 なんか左手が出るような気がして、ゆっくり動かしてみたけど、実際に身体が動いているだけだった。残念。そのうち落ち着いてきて、身体のしびれも取れてきて、いつの間にか眠っていた。起きた後も、なんとなく左手に力が入らないような気がする。


 サイトでは一週間とか一ヶ月とか一年とか、できるまでの時間には個人差があるようだ。前から明晰夢には興味があったので、しばらく寝る前に続けようと思った。それと、なんかパートナーとかいうのが出てくるらしい。どんなやつが出てきたら面白いかな、と起きた後もしばらく想像して楽しんだ。
【2007/04/01 15:17 】 | 平四郎的日常録 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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