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ピアノ日記
わーい 依然ミスは絶えないものの、指が少しづつ動くようになってきた。


http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a114.mp3

http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a115.mp3

http://polignac.hp.infoseek.co.jp/a116.mp3


三曲目もなんかミスが少なくなってきたので、次の曲に取り掛かろうかしらん。これを予定。


メヌエット イ短調 BWV Anh.120
http://blog68.fc2.com/j/jsbach/file/bwvA120.mid


あと10曲くらいはバッハの短くてカンタンな曲を覚えて、楽譜見たら鍵盤弾けるように。そんで次はバッハの2声のインヴェンション(15曲)。
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【2007/04/03 15:59 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
BWV Anh.114 115 116
http://polignac.hp.infoseek.co.jp/anh.mp3


とりあえず暗譜できるようになったので、ぶっつけで録音。とちゅうでやけになって歌ってしまった。
【2007/03/31 11:40 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
大人になるため
 ああ、音楽を聴いていると、なんというか、「一人じゃないんだなあ」と錯覚できてよろしいね。そんなセンチマンタリスム。以下、わけのわからないことを書くので注意


* * *


 さて、一生懸命考えたことはあるだろうか。なるべく、物事とそのありようを上手に理解できるようになりたいと思うから、わたしは考える。


 例えば、大人になるためには何が必要か、そういう肝心なことを考えたほうがいい。そうなるにはどうすればよいか、どう生きればそうなれるのか。私もホントのところまったく判らないが、答えを探している。大人になりたいのである。


 わたしにとって、生きるということは辛いこと、そういうふうに考えていた時期がありました。そういった辛さは孤独が原因であったと思う。やがてきっと誰もがそうなんだ、と思えるようになり、あまり辛い辛い言わないようにした。みんなそれぞれに悩みや苦しみを抱えていて、それぞれのがんばりでもって生きている。がんばって生きていけるのは、きっとそれぞれに大切なつながりがあるからなのだと思う。だからつながりがわたしにも欲しい。集団の中の一員でいたい。だれかのわたしでいたい。ではどうすれば。こんなに引っ込み思案で、物怖じするわたしが、どうすればいいのか。そういったわたしは子どもであり、大人になるためにはどうすればいいのか。


* * *


 さて、では大人になるとはどういうことだろう。わたしはそれを、「正しい生き方」ができる人だと思っている。もちろんその人それぞれに「正しさ」は異なるから、これは「どうすることが自分にとって一番良いのか」を知って、その上で生きている人、というくらいの意味である。


 「どうすることが自分にとって一番良いのか」。それは他人それぞれ異なる。理想、主義、主張、そういったものと同じもので、さらに言い換えれば「良心」を持つことであると思う。良心は最終的に、自分の判断を他者に向かって開くことを決意させるものだろう。それは良心が、自分の中に集団の一員であろうとする意思を自覚するからだ。そういった意思とは、だれかとのつながりを求めることと同じである。誰かと友達になりたい。誰かを好きになって、この好意を受け入れてもらいたい。そういった自己判断を他者に向かって開かせるのである。だからこそ「私にとって」だけでなく「みんなにとって」という視点を持とうと努める。


 続きはまたあとで
【2007/03/31 08:22 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
思い出は億千万 Ver:平四郎
いまさらですが。後発なので、普通に歌うのだけでは芸が無いと思ったので、歌い分けてみました。ちなみに音声処理とかはしてません。


通常モード
http://polignac.hp.infoseek.co.jp/V026.mp3


発狂モード
http://polignac.hp.infoseek.co.jp/V030.mp3
【2007/03/29 17:53 】 | 発狂用 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
創作『玉』
 夢の中でどうやら病院の中を歩き回っているようで、少し斜めになった長い廊下を登っていると、病人のような、介添えのような女が向こうからやってきて、わたしにお辞儀をして、またそのまま向こうへ行ってしまった。わたしがその後についていくと、廊下の四辻になっているところまできて、その左の廊下のとっつきの病室に入っていった。


 その病室に入ると、入り口の一番近いベットの上に、 女が立っていた。大きな病室で、ベットがいくつもあって、両側の窓に添って、二列に並んでいるようだが、おくのほうが曖昧にぼやけていた。寝ている病人はすべて女で、まるでおんなじ顔をして、また、みんな、わたしの方を向いている。


 どうやら雨が降り始めたようで、病室の窓の外から、ぽたぽたいう音がしている。さっきわたしにお辞儀をした女は、上目遣いをして、何か言ってまたわたしにお辞儀をした。見覚えがある用でもありそれは人違いのようにも思われてはっきりしない。


「実はいろいろと苦労おかけしましたが、それで報われるということもなく、第一こちらから合わす顔がないと思っておりましたの」
「一寸待ってください、僕は貴女のことを」
「御尤もです、でも」女は変な風に目をまたたかせ
「お手間は取らせません、自分でももう長くないことは判っておりますの、肺病なんて、男の方は一度快復して退院なんてこともあるそうですけど、女の方は、もう長くないなんて、判っておりますの」
 といって、綺麗に笑った。わたしはその女の顔をみて、急に憐れむような、愛しいような気持ちになった。そして何かを思い出したような、突然辻褄があったよ
うに思われた。
「ああ、貴女はもしかして僕の」
 と言い掛け、急に表が森閑としたと思ったら、雨の音がふっと止んで、病室に、青い光が射したように思われたとき、不意にその女が妙な音で咳き込んだ。わたしが女の背中をさすってやると、女はベットの横の赤い洗面器を顔に覆うように持ってきて、げえっと青い玉のようなものをその中に吐き出した。
【2007/03/14 12:29 】 | 発狂用 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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